食品メーカーの中小企業がCopilotで原材料の発注ミスをゼロ化:在庫ロスを年95万円削減
「また発注ミスか…」その一言が、私たちを変えた
「田中さん、小麦粉また足りなくなってる。今週の製造、どうするの?」
2024年の秋、製造部長の怒声が工場に響いた。その日、私(製造管理担当の佐藤)は穴があったら入りたい気持ちで倉庫の棚を眺めていた。発注していたはずの小麦粉が、実際には半分しか届いていなかった。発注書の数量欄に「50」と入力すべきところを「5」と打ってしまったのだ。たった1文字の入力ミス。それだけで、その週の生産ラインが2日間止まった。
中小食品メーカーにとって、原材料の発注ミスは笑い話では済まない。原材料が余れば廃棄ロス、足りなければ生産停止。どちらも直接的な損失につながる。しかも、うちのような従業員20名規模の会社では、専任の在庫管理担当を置く余裕もない。製造、発注、納品確認を全部兼務しながら、毎日綱渡りのような状態が続いていた。同じような状況で頭を抱えている中小食品メーカーの方は、きっと少なくないはずだ。
なぜ今さらAIなのか——導入に踏み切った本当の理由
うちの会社「山田食品工業」は、埼玉県に工場を構える従業員22名の菓子製造メーカーだ。主力商品はクッキーやマドレーヌなどの焼き菓子で、スーパーや道の駅に卸している。原材料は小麦粉、砂糖、バター、卵、アーモンド粉など30種類以上を扱っており、それぞれに発注先・リードタイム・最低発注単位が異なる。
長年、在庫管理はExcelのスプレッドシートで行っていた。入庫・出庫を手入力し、週1回の棚卸しで実在庫と突き合わせる。シンプルなようで、実際には「入力漏れ」「数値の転記ミス」「発注タイミングの見落とし」が頻発していた。2023年の1年間で確認できた発注ミス件数は17件。そのうち生産に影響が出たケースが6件、廃棄が発生したケースが8件に上った。
AI導入を考えたきっかけは、取引先の菓子メーカーの担当者に「うちはCopilot使い始めてから発注業務がだいぶ楽になった」と聞いたことだった。正直、最初は「AIって大企業が使うもの」という先入観があった。しかし、Microsoft 365はすでに社内で契約しており、Copilotは追加費用なしで使えることがわかった。「ダメもとで試してみよう」——そこからすべてが始まった。
実際にやったこと:CopilotとExcelで在庫管理を仕組み化する
ステップ1:現状の"ぐちゃぐちゃExcel"をCopilotに整理させる
まず着手したのは、長年使い続けて複雑に肥大化したExcelファイルの整理だ。当時の在庫管理シートは、担当者が変わるたびに列が増え、シートが増え、もはや誰も全体を把握していない状態だった。
ExcelのCopilot機能を使って、まず既存データの構造を整理するよう指示した。実際に使ったプロンプトはこれだ。
【プロンプト例①】
「このExcelシートには原材料の在庫データが入っています。列の意味を分析して、在庫管理に必要な項目(品目名、現在庫量、発注点、発注量、リードタイム、発注先)が揃っているか確認してください。不足している項目があれば教えてください。」
Copilotは数秒で「発注点(最低在庫量)の列が存在しない」「リードタイムが品目によって別シートに分散している」という2点の問題を指摘した。これは私たちが漠然と感じていたことを、明確に言語化してくれた瞬間だった。
その後、Copilotの提案に従って管理シートを再設計。1枚のシートに「品目名・現在庫量・発注点・標準発注量・リードタイム(日)・発注先・最終発注日・次回発注予定日」の8列を整備した。これだけで、情報の散乱問題が解消された。
ステップ2:発注アラートを自動生成する仕組みを作る
次に、在庫が発注点を下回った品目を自動で検出し、発注リストを作成する仕組みを構築した。以前はこの作業を毎朝手動でやっていたが、見落としが多かった。
【プロンプト例②】
「在庫管理シートのB列(現在庫量)がC列(発注点)を下回っている行を抽出して、発注が必要な品目の一覧を作成してください。品目名・現在庫量・発注点・標準発注量・発注先を含めたリストにして、別シートに出力してください。」
このプロンプト一発で、「本日の発注必要リスト」が自動生成されるようになった。さらに一歩進めて、ExcelのCopilotに条件付き書式の設定も依頼した。在庫量が発注点の50%を切った品目は赤、80%を切ったものは黄色でハイライトされるよう設定してもらい、視覚的に危険度が一目でわかるようにした。
ステップ3:発注メールの自動作成でヒューマンエラーを排除
発注ミスの多くは「Excelの数値を見ながら、メールや発注書に手打ちする」という作業で発生していた。見間違い、打ち間違い、コピペミス——これらを根絶するため、Outlook CopilotとExcelを連携させた発注メール自動生成の仕組みを作った。
【プロンプト例③】
「以下の発注情報をもとに、取引先への発注メールを作成してください。丁寧なビジネスメールの文体で、品目名・数量・希望納品日を明記してください。また、文末に担当者確認欄(承認サイン用)を追加してください。\n\n品目:小麦粉(薄力粉)\n数量:100kg(20kg袋×5袋)\n希望納品日:2024年10月15日(火)\n発注先:〇〇食材株式会社 営業部 鈴木様」
このプロンプトをテンプレート化し、Excelの発注リストからデータをコピーして貼り付けるだけで発注メールが完成するフローを確立した。手打ち作業がゼロになり、数字の転記ミスが物理的に発生しない仕組みになった。
ステップ4:月次の在庫分析レポートをCopilotに作らせる
以前は月次の在庫棚卸レポートを作るだけで半日かかっていた。Copilotを使えば、入出庫データを貼り付けるだけで分析レポートの骨格が完成する。
【プロンプト例④】
「先月1ヶ月分の入出庫データをもとに、以下の分析を行ってください。①品目別の回転率ランキング、②デッドストック(30日以上動きのない品目)の抽出、③前月比で在庫増減が大きかった品目TOP5、④廃棄が発生した品目とその金額の集計。結果は箇条書きでまとめてください。」
このレポートを月初の経営会議で共有することで、経営者も在庫状況をリアルタイムで把握できるようになった。「現場の勘」に頼っていた発注判断が、データに基づく意思決定に変わった瞬間だった。
ステップ5:季節変動を考慮した発注計画の立案
菓子製造業において、季節変動は死活問題だ。クリスマスやバレンタインの繁忙期に在庫が足りなくなる一方、梅雨明けの閑散期には余った原材料が廃棄になる。Copilotを使って、過去2年分の出荷データから季節変動パターンを分析し、翌月の発注計画を提案させるようにした。
【プロンプト例⑤】
「過去2年分の月別出荷数量データを分析して、各月の需要指数を算出してください。その上で、来月(11月)の予測需要量と推奨発注量を品目別に提案してください。繁忙期(12月〜2月)に向けた在庫積み増しも考慮してください。」
このプロンプトによって生成された発注計画は、もちろんそのまま使うわけではなく、現場の肌感覚で微調整する。しかし「叩き台」が30分で完成することで、計画立案にかかる時間が大幅に短縮された。
失敗談:うまくいかなかったこと、その解決策
失敗① Copilotが出した数値をそのまま信じて大発注してしまった
導入から2週間後、Copilotの需要予測プロンプトを使って11月の発注計画を立てた。Copilotは「昨年比で需要が増加傾向」という分析を出し、アーモンド粉の推奨発注量を「通常の1.8倍」と提案した。私はその数値を信じて発注したが、実際にはその年はバレンタイン需要が読み違えで通常並みに終わり、アーモンド粉が大量に余って約12万円分を廃棄する羽目になった。
解決策:AIの出力はあくまで「提案」であり、最終判断は人間が行うというルールを明文化した。Copilotの発注提案には必ず「±20%の調整幅」をもうけ、現場の責任者(製造部長と私)が承認するツーステップを設けた。また、高単価品目(アーモンド粉、バターなど)については、発注前に必ず取引先に「今月の在庫状況」を電話確認するフローも追加した。
失敗② 入力データが汚いとCopilotも汚い結果を出す
在庫管理Excelに過去データを移行する際、「250g」「250」「0.25kg」が混在していることに気づかず、そのままCopilotに分析させてしまった。当然、集計結果はめちゃくちゃで、あるとき「砂糖の在庫が-200kgです」という不思議な結果が出た。
解決策:データの入力規則を徹底した。Excelのデータ入力規則機能を使って、数量欄には「kg単位の数値のみ」しか入力できないよう制限。さらにCopilotに「データクレンジングチェック」を毎月初に行わせるプロンプトを定期実行するルーティンを設けた。「ゴミを入れればゴミが出る(Garbage In, Garbage Out)」——AIを使う上での基本中の基本を痛感した経験だった。
失敗③ 担当者がCopilotを使いこなせず、結局「手作業に戻った」問題
在庫管理の担当をパート社員の田村さん(50代)に引き継いだとき、Copilotの操作に慣れていない田村さんは「難しくてわからない」と言い、気づけば以前のやり方に戻っていた。私が気づいたのは1ヶ月後。その間に発注漏れが2件発生していた。
解決策:「プロンプトを考える」作業を担当者に求めないことにした。よく使うプロンプトを5つに絞り、それをExcelシートの「プロンプトボタン」(マクロ)に登録。ボタンを押すとCopilotにプロンプトが自動送信される仕組みを構築した。また、操作手順を写真付きのA4一枚マニュアルにまとめ、パソコンの横に貼った。「AIを使う」という意識を持たせず、「いつものボタンを押す」感覚で使えるようにしたことが定着のカギだった。
数値で見る導入前後の変化
導入から約1年が経過した2025年秋、改めてBefore/Afterの数値を集計した。その結果は以下の通りだ。
指標 | 導入前(2023年) | 導入後(2024年) | 変化 |
|---|---|---|---|
年間発注ミス件数 | 17件 | 0件 | ▼100%(ゼロ化) |
原材料廃棄ロス(年間) | 約142万円 | 約47万円 | ▼95万円削減 |
発注業務にかかる時間(週) | 約6時間 | 約1.5時間 | ▼75%削減 |
月次在庫レポート作成時間 | 約4時間 | 約30分 | ▼87.5%削減 |
在庫切れによる生産停止 | 年6回 | 年0回 | ▼100%(ゼロ化) |
在庫回転率(全品目平均) | 月1.8回 | 月2.6回 | ▲44%改善 |
発注メール作成時間(1通) | 約15分 | 約2分 | ▼87%削減 |
なかでも特筆すべきは「発注ミス件数ゼロ」という結果だ。導入から現在(2026年6月)まで約1年半、一度も発注ミスが発生していない。これは単純にツールを入れたからではなく、「人間が手打ちしない仕組み」を徹底的に構築したことの成果だと思っている。
廃棄ロス95万円の削減は、今期の設備投資の一部に充てることができた。「省いたコストで新しい投資ができる」——これが中小企業においてAI導入の最大の意義だと感じている。
さらなる活用へ:次に挑戦したいこと
取引先との価格交渉資料をCopilotで自動生成
原材料の発注管理がうまく回り始めたことで、次の課題が見えてきた。それは「原材料の調達コスト削減」だ。現在、小麦粉やバターなどの価格は仕入れ先との長期契約で決まっており、交渉の機会があってもデータ整理に時間がかかって十分な準備ができていなかった。Copilotを使えば、過去2年の発注履歴・価格推移・市場相場データをまとめた交渉用資料が短時間で作れるはずだ。これは2026年度中に実現したい。
レシピ変更時の原材料影響シミュレーション
商品リニューアルや新商品開発の際、レシピが変わると原材料の発注量も変わる。従来はこの計算を手作業で行っており、新商品投入時に既存原材料が余る「リニューアルロス」が度々発生していた。Copilotにレシピデータと生産計画を読み込ませることで、「このレシピに変更すると、向こう3ヶ月で各原材料の必要量がどう変わるか」を自動シミュレーションする仕組みを構築したいと考えている。
複数工場への横展開
山田食品工業では、2026年内にもう1拠点(茨城)での生産開始を計画している。2工場にまたがる在庫管理は複雑さが格段に増すが、Copilotで構築した今回の仕組みをテンプレート化しておけば、新拠点への展開は比較的スムーズにできるはずだ。「1工場で完成させたモデルを、次の工場のスタートアップに使う」——これが中小企業におけるAI活用の理想的な横展開だと思っている。
Copilot Studioでのカスタムボット構築
将来的には、Microsoft Copilot Studioを使って社内専用の在庫管理ボットを作りたい。「今日発注が必要なものは?」「砂糖の在庫は何日分残ってる?」と自然言語で問い合わせれば、即座に答えが返ってくる。社長や製造部長がスマートフォンからリアルタイムで在庫状況を確認できる環境を整えるのが、次の目標だ。
まとめ:大企業じゃなくてもAIは使える、むしろ中小企業こそ恩恵が大きい
正直に言うと、最初はAIに懐疑的だった。「どうせ理想論だろう」「うちみたいな小さい会社には関係ない」——そう思っていた私が、今は社内で一番のCopilotファンになっている。
今回の取り組みで学んだ最大の教訓は、「AIは魔法ではなく道具だ」ということだ。プロンプトの工夫、データの整理、運用ルールの整備、担当者への定着——地道な努力なしにAIは機能しない。しかし、その地道な努力をすれば、中小企業でも確実に成果が出る。
発注ミスゼロ、在庫ロス年95万円削減。これは特別なITスキルがなくても、Microsoft 365の既存ツールだけで実現できた。あなたの会社にも、きっと同じような「改善できる非効率」が眠っているはずだ。まず一つのプロンプトから始めてほしい。それが、すべての変化の始まりになる。
(山田食品工業・製造管理担当 佐藤)